「つまりは、」
至極真面目な顔をしているはずなのに、目が虚ろだった。これは相当酔っているらしい。顔色に出ない代わりに目に出るのだ、この幼馴染は。
「あいつはこっちの気持ちなんて全然わかってくれないんです」
どん、と音をたててグラスを置く。その衝撃にグラスの中の酒が大きく揺れて、数滴テーブルの上に零れる。それをテーブルに置きっぱなしだったタオルで拭うと、日向はちらりと壁に掛けられた時計を見遣った。時計の針は無情にも深夜二時を指している。日向は盛大な溜息を吐いた。
幼馴染が酒を片手に日向宅へ来てから、六時間。酒を飲み始めて六時間も経つというのに、この幼馴染は潰れることもなく、延々と愚痴り続けているのだ。
誰か、俺をコイツから解放してくれ!
日向は心の中で泣きながら叫んだ。けれども、この状況から自分を救い出してくれるヒーローは存在せず、かと言って自分でこの状況を切り抜けることも出来ず、日向は現状に苦しむしかない。 目の前の幼馴染は相変わらず虚ろな目で酒を口に運んでいる。仕方なく日向もグラスの中のぬるい酒を口に運んだ。
「あいつは無防備すぎるです。風呂に入るときも扉に鍵しないし、寝るときも窓の鍵しないんですよ!?泥棒が入ってきたらどうするんだっていつも言ってるのに聞きやしない」
「まぁ…男なんだし、それにあいつんち最上階じゃねーか」
なんだってお前がそんなことを知ってるんだとは聞かず、おざなりに反町を庇ってみると、虚ろな黒い目がギロリと睨みつけてくる。
「もし屋上から入ってきたらどうするんですか!そういう可能性だってあるでしょう!?」
「あー…そだな」
「鍵かけるくらい指先でちょいでしょーが。それをあいつは『入浴中に勝手に入ってきたり、屋上から部屋に侵入してくる奴なんてお前しかいないんだから、別にもういいよ』とか可愛いこと言って誤魔化すし」
最後の方は少し照れを滲ませながら言う幼馴染に、日向は遠い目をする。おそらくこの男は自分で言ったことを実行済みなのだ。
「この間も夜中一人で帰るって言うから、変な男に絡まれたり連れ込まれたりしないか心配して送ってやるって言ったのに、あいつ何て言ったと思います?」
「…何て言ったんだ?」
別に聞きたくもないけれど聞けとあからさまに訴える男に日向は仕方なしに促す。
「『お前と帰るほうが危ないから結構』ですよ」
「…へー」
「しかもその後全速力で走って逃げたんです…」
前科があるからだろう、そもそも絡んでくるのが男と決め付けているところからおかしい、と心の中で突っ込んで、日向はちびちびとグラスを傾ける。
「もちろん全速力で追いかけてやったから、結果として家まで送ってやったことにはなりましたけどね」
「それって…なんか違うと思うぜ」
一応そこだけは我慢できず、そっと突っ込む。
が、幼馴染は聞いていない。聞こえているのだろうが完全に無視しているのだ。
「この間なんて、佐野と焼き肉食いに行くなんて言いやがるし」
「…飯ぐらいどうしたってんだよ」
「佐野が誘う前に俺が誘った時は断られたんです」
「……それは痛いな」
ちょっと哀れかもしれない。日向はつまみのするめを齧った。
「俺が危ないから止めとけって言ったのに、『お前と飯行くほうが危ないし、今日は焼き肉の気分だから』って言ってのこのこついていきやがる。もしそこで酒でも飲まされて酔い潰れたところを押し倒されたらどうするんだ」
「いや、それはないだろう」
佐野は新田と付き合ってんだから、と拳を握る幼馴染に日向は冷静に事実を告げる。
「そういう問題じゃないんです!酔っ払った男の恐ろしさをあいつは知らないんだ。理性が飛んでるから抑制なんざ利かないんですよ!ケダモノと一緒だ。そんな奴に俺の…俺の反町が……っ!」
幼馴染の妄想では飛躍しすぎて既に反町が襲われているシーンまで出てきているらしい。
確かに酔っぱらった男は恐ろしいよな、理性が飛んでいて抑制が利いちゃいねー、と日向は目の前の幼馴染を見て心底思った。
「俺だってまだヤらせてもらってねぇのに、他の男にだなんて考えたら……。ああくそ。いっそ反町以外の男をこの世から消しちまうか。いや、それよりも反町をどこかに閉じ込めちまった方が話が早いか?」
「…頼むからヤるとか色々、生々しい犯罪っぽい表現は止めろ。お前の口から聞くと冗談に聞こえねぇから」
「冗談なわけないでしょ。俺は反町に関することならいつでも本気だ。いつか必ず和姦に辿り着いてやる」
物騒で生々しい言葉を吐き続ける幼馴染にひきつった笑みを見せて、日向はぬるい酒を呷った。