おはようのキス

 肌寒くて目が覚めた。
 手探りでブランケットを肩まで引き摺り上げる。それでもまだ寒くって。目を瞑ったままで横に寝ているはずの温もりに手を伸ばした。
 だがあるはずの温もりはそこにはなく。
 おかしいと感じて重い身体を起こす。裸の肩からブランケットがするりと滑り落ちたのもそのままに、眠い目を擦りながら視線を隣にやれば、そこはもぬけの殻で。
 いつもは自分を抱き枕よろしく寝ている存在がいない。
 何処に行ったのだろうと不審に思ったが、疲れて切った身体はまだ寝ておけと眠りに誘おうとする。
 もうひと眠りしようかと思ったが、いかんせん寒い。取りあえず服を着なくてはと部屋中に視線を巡らせたが、着ていた服はどこにもなく。
 ああ、そういえば隣の部屋のソファから運ばれて来たんだっけとぼんやりとした頭で昨夜の記憶を辿った。
 仕方なしに頭からブランケットを被りくるまって、痛む身体を叱咤しつつベッドから降りた。

 隣へと通ずる扉を開けると、窓から差し込む陽が酷く眩しくて。少しばかり目を細めながら部屋を見渡せば、中央には床に散らばった二人分の服。その傍らのソファにシャワーを浴びた後なのだろうか、濡れそぼる髪をそのままに、コーヒーをすする上半身裸の恋人の姿。
「よぉ、やっと起きたか」
「ん」
 ぱたりと扉を閉めて、ぼんやりと眺める松山に、コーヒーをテーブルに置いた手が、こっちへ来いと手招きをする。足で服を端に追いやりながら誘われるままに日向の足の間へ。
 腰を下ろせば、すぐ後ろから腕がブランケットを被ったままの身体に絡み付いた。布越しに伝わる体温が冷えた身体に伝わる。その体温が心地よくて、背中を広い胸に預ければ唇が降ってきた。
 それはおはようのキス。
 そしておまけとばかりに額にも。
「…んだよ」
「いいじゃねーか」
 と言って項にも。怪訝に眉に皺を寄せてみたが、何だか楽しそうなのでそのままにしてやる。
 散々、キスを降らした唇は最後にもう一度唇へ。
 下唇を啄んで離れる。
「…キスすんの好きだな」
 と松山が言えば。
「お前はされるの好きだろ?」
 と日向は口の端を上げる。否定はしないが何だか癪に障る。
「お前のはしつけーんだよ」
「別にフツーだろうが」
「いやフツーじゃねえ、マジしつけえ」
「じゃあ、好き好きと言われんのとキスされんのどっちがいい?」
「…どっちもどっちだ」
 訳の分らん質問をのたまう日向に松山はうんざりといった表情で言えば、いきなりブランケットを松山の頭から被せると。
 絞めた。かなり本気で。
 オチるオチるからッとかなり本気のタップが松山から入ると、日向はようやく解放した。
 プハっと大仰に息を吹き出し酸素を取り込む松山に、可愛くねー事言うからだと日向は口を尖らせる。
 その表情が余りにも幼くって、松山は怒る気が失せてしまった。

 仕方なしに松山は唇の距離を縮める。
 キスの方がいーかなと囁きながら。
 そして。
 おはようのキスをもう一度。
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