たとえばそう。
こうやって後ろからただ見ているだけで。
五時限目の退屈な授業は、どうやったとしても、手招くように眠りへと誘う。
若島津の席は窓際、後ろから二番目という良条件に恵まれている。授業が退屈ならば外を見てもいいし、内職をしたところで見つかりにくい。しかし今の若島津はその利点を利用することもなく教室の真ん中あたりを見ている。
視線の先には、反町一樹。
真面目、とは言い難い態度で、眠い目を擦りながら、黒板の文字を写している。
別にどうということのない、いつもの、背中。
何ら変わりのない背中を熱心に見ている自分に気付いて若島津は溜息をついた。
丸い後頭部、サラサラの黒髪。
あまりガッシリとはしていない、でも華奢だとも言えない背中。
上履きはかかとで履き潰されており、くるぶしが覗いている。
何処にでもいるような、ごく、普通の、男子学生。
きっと、熱視線を送るような相手ではない。
自分も男で相手も男。
話には聞いたことがあったが、まさか自分がそういう恋をするとは若島津は思っていなかった。
友達に、不埒な感情を抱いている、ということ。
知られたらどうなるのであろう。
それが怖くて仕方がない。
好きだ。
若島津は心の中だけで言ってみる。
もちろん反町の背中からは、何も返ってはこない。
いけない、とわかっている。
好かれたい。
好かれていたい。
でも気持ちを知られるわけにはいかない。
諦めることはできるかもしれない。いつか反町に彼女ができて、若島津は己が恋心を散らすかもしれない。そして、それを祝福しなければならない日が来るかもしれない。
そうだとしても、自分から距離を置くことはできやしない。
姿を見れば声を聞きたい。触りたい。
愛されなくてもいい。でも嫌わないでほしい。
恋とは矛盾で出来ている。
若島津はそのことを、今、初めて知った。
せめてこの苦しみを紛らわせてはくれないかと若島津は机に突っ伏して、眠るべく瞳を閉じた。
それも無駄な抵抗と嘲笑うかのように、瞼の裏には反町の姿がチラついた。