人はそれを愛と呼ぶ01
幾度となく繰り返されてきた行為。
それを人は何て言うんだろう?
くわっと出そうになった欠伸を噛み殺す。
ねみいなあ…。
そんな事を考えながら、寮の階段を駆け上がった。すれ違う奴等におやすみ〜と声を掛けながら自室へと急ぐ。
「反町」
扉に手を掛けた時、後ろから声が降ってきた。気付かれないように小さく息を吐くと、いつもの笑みを浮かべて振り返った。
「なあに?」
相変わらず冷えた瞳。
そいつは無表情のままで、俺の手首を掴んだ。
「付き合え」
それだけ言うと返事などを待たずに、俺を何処かへ連れて行く。
俺に拒否権なんて始めから、ない。
薄暗いリネン室へ放り込まれると、意味のない行為が、今日もまた、始まった。
二人の吐息が重なりあって、狭い部屋を噎せ返るような熱気が支配する。
生温い熱に包まれた身体をぐいっと乱暴に引き寄せられる。俺はさして抵抗せずに、男に身を任せた。
これはいつもの事で。
乱暴に扱われる事に慣れてしまった。
俺は与えられた快楽に吐息を返し、促されるまま自分を解放するだけ。俺は反応さえしていればいい。
男が首筋にやわく吸い付き、俺から煩い声が洩れた。
所謂、喘ぎ声。
ハッキリ言って気色わりぃ。女ならまだしも。俺だって出したくはないが、男の愛撫に応えるように自然と零れてしまう。
煩くて耳を塞ぎたくなるような甘ったるい声。
コイツは男の喘ぎ声なんぞ嫌じゃないんだろうかと視線をやった。
もし、この声を嫌だと言うことがあるなら、俺は全力でこの男を蹴り飛ばすだろう。
言わせてるてめえが言うなって。
しかし、さして気に留める様子でもなく、男は一定のリズムで愛撫を続ける。
だから俺は感じるままに声を零すだけ。
だが、俺は冷めたままで。
それはきっと、男が動く度に衣擦れの音がするから。
部屋に卑猥な音が響く。微かな衣擦れの音を引き連れて。
この音がする限り、俺は冷静でいられる。行為にのめり込む事なんて、ない。
「…んッ」
男を受け入れると、吐き気がするくらいの甘い声を洩らした。そんな俺の声を聞き、男は静かな視線を寄越した。
冷めた瞳。
俺は素直にそれを受け止める。
冷えた瞳を見上げる俺は奴に与えられた快楽によって、蕩けた表情を晒してんだろう。
男の顔は至って冷静。その視線には、熱なんて一切ない。
絶対零度。そんな言葉が相応しい。
こんな行為をしているのに、この男は終始、この時間を静かな、冷めた表情で過ごす。
熱が篭った視線など、サッカー以外で俺は見たことがない。
冷めた表情のまま男の手が俺の肩に申し訳程度に引っ掛かった汗で濡れたシャツを脱がそうとした。俺は奴の手首に自分の手を重ねると、その動きを止めさせる。
ダメだ。その意を込め首を振る。
服を着たまま。
これは俺が望む事。
コイツと身体を重ねた時に決めた、たった一つの決め事。
これが守られるなら、俺は何度でもコイツを受け入れる。どんなに酷い扱いを受けても。どんなに冷たい視線でも。
俺は決めた箇所しか肌を晒さない。隠した肌。これは俺のテリトリー。絶対不可侵領域。
晒してなんかやらない。
「下は脱いでるのに?」
嘲るような口調。
「この方が気分が出る」
笑いを含んでいつもの台詞を吐くと、男は呆れたような表情で口を閉ざした。これもいつもの事。
これ以上は追求しない。俺の意志を見出だそうとはしない。関心がないんだろう。黙って探るように冷えた視線を送るだけ。
ねえ、若島津。
その冷えた瞳で、俺の瞳を覗き込んでも、無意味だよ。
俺の言葉に隠された意味を知る事なんかできないよ。満足する答えなんか得られないよ。
冷えた瞳のままじゃ、教えてなんかやらない。
「じゃあ、ちょっとはマシな声で啼くんだな」
そう冷たい言葉を告げて、奴は行為を再開した。
俺の服と奴の服が擦れ合って、衣擦れの音が卑猥な音に混じる。
これもいつもの流れ。
結局こうなるんだったら、はなから脱がせようとするんじゃねーよ。
激しい動きに付いていけず、俺は奴の首に縋り付いた。
その際に立てた衣擦れの音に、安心して、奴に気付かれないように笑みを浮かべた。
俺はただ反応してればいい。ただの人形みたいに。
お前の答えを、知る必要なんて何処にもない。
お前に抱かれている間は。
心なんていらない。