人はそれを愛と呼ぶ02
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あのリネン室から二週間。
俺は実に平穏で、穏やかな日々を過ごしていた。ユース合宿が始まったからだ。さすがにアイツも手が出し辛いのか、俺に指一本触れる事がなかった。お陰で俺は人形から人間に戻れたような気になっていた。
「おかしいっスッ!」
不意にそんな声がして、俺はさして興味のない新聞から目を上げた。
談話室のソファに何人かが固まって、何やら白熱した討論を繰り広げている。
健全たる男子高生。所詮、討論の中身はその手の話。
「反町はどう思う?」
「何が?」
突然、森崎が俺に話を振った。いきなり振られても、会話に参加してなかった俺には分からない。
「服を着たままのセックスについて」
佐野が可愛い顔に似合わない単語を吐くもんだから、俺は手の中の新聞を握りつぶしてしまった。
「なんちゅー会話してんだよっ」
「フツーじゃないっすか」
佐野がしれっと答える。
「ぜってー、おかしいっ!だって、やっとこぎ着けて、服着たままなんて有り得ねえっ!」
新田が納得いかない様子で吠える。
「面倒臭いじゃん」
井沢が呟けば。
「でもなあ、脱がす楽しみって、ほら、あるやん?」
と、早田が返した。
どこぞの親父か、お前は。
「俺、納得いかないっスッ!」
新田は難しい顔をしたまま、また吠えた。どうやら、とっても納得がいかないらしい。
「おかしい…か」
俺の呟きに新田はコクリと頷いた。
「だって、やあっとそんな雰囲気になったのにおかしいじゃないスかっ!何か服着たままって……何か……」
「想いが通じない?」
言い淀んだ新田の気持ちを森崎が代弁した。新田はそうっと言わんばかりに頷く。
そっか、おかしいのか…、まあそうだよな。
最近は服を着たままが普通になってる俺は、改めてそのおかしさを認識した。新田の言葉を借りれば、俺と若島津のセックスは有り得ない光景になるわけだ。
「新田の言い分は分かるよ、でもな…脱がす時間が惜しいんだよ」
井沢、ソレ、がっつき過ぎ…。
「いやあ、でもな…服着たまんまって……何か冷めてるってゆーか…何や…情熱が伝わらへんってゆーか…」
「やっつけ仕事?」
言い淀んだ早田のその先を、またもや森崎が代弁した。
やっつけ仕事。
森崎の言葉が天啓のように聞こえた。
俺と若島津の行為はまさしく、ソレ。
ぴったしじゃん!
若島津は俺とのセックスで服は脱がない。まあ、俺も一緒だけど…。でも、理由は俺とは違うはず。そんなの始めから分かっていた事。
何故、脱がないの?と俺はこの至極当たり前な疑問を奴にぶつけた事がない。聞くだけ無駄だし。奴の行為はただ欲を吐き出す為のモノだからだ。それだけの行為に雰囲気なんて必要ない。ヤル事はヤってるけど、別に恋人同士でもないし。だから甘ったるく愛を囁いて、素肌を晒すことなど必要ない。奴が与える快楽なんて、コトをスムーズに進める為だけのモノ。
やっつけ仕事。コレが一番最適で適切な言葉。
「セックスなんて、裸でヤるもんでしょーがっっ!」
「んな話を大声ですんなよっ」
新田の叫びに待ったをかけるように会話に参加したのは松山。この手の話題を酷く苦手とする副キャプテンの顔は真っ赤だ。
「俺の言い分、おかしくないっスよねっ!」
だが新田は真っ赤な松山の意を介せず、同意を求めた。その隣りで、何の話してんだよと、日向さんは盛大な溜息を吐いた。
「服着たまま、セックスするのっておかしいっスよねっ!」
「俺は服を着たままってのは好きじゃねーな」
松山に縋り付く新田に助け船を出したのは意外にも日向さん。
おーい、あんたまでノったら収拾つかないよ、コレ。日向さんがいるなら、奴も影武者よろしく隣に控えてんだろ、きっと。
「…俺、いつも服着たままだよ」
奴に聞かせるように一言一句、俺はハッキリと言った。
「マジッすか…」
佐野が大きな瞳を更に大きく見開く。そんな佐野にニッコリと笑みを向けた。
「だって俺、愛あるセックスなんてしたことないもん」
俺達の間に愛なんて存在しないんだから。
「だから脱ぐ必要ないの」
チラッと奴を盗み見ると相変わらずな冷ややかな瞳。どうやら正解みたい。
「反町って意外に爛れた恋愛してんだな…」
哀れむように呟いた日向さんに、俺はふふっと笑った。
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b
口で伝えなくても、身体を繋げれば気持ちは伝わると思ってた。
何て、俺は浅ましい。
疲れ切った身体を引き摺り、ベッドにダイブした。
そういやあ…。
あのリネン室から二週間。合宿が始まって以来、アイツに指一本触れていない俺の身体はそろそろ限界だった。
癒して欲しい。俺を癒せるのはアイツだけ。
綺麗な顔を快楽に歪めて、真っ白な身体を汚して、セックスの時は酷く乱暴に抱きたくなる。行為の最中に抱きついてくる、やわい身体が酷く愛おしい。
抱きたい。
今すぐ俺を癒して欲しい。
熱に浮かされたように、俺は部屋を飛び出した。
宿舎内を歩き回る。俺はなかなかアイツを見つけられなかった。それでも俺はアイツの姿を捜し求める。
まるで禁断症状みたいだ。
そんな自分に俺は自嘲的な笑みを浮かべた。だってその通りだ。俺にはアイツが足りない。足りなくて身体が悲鳴を上げてるから。
少しイラつきながら、探し回っていると…。
見つけた。
でも、何で…。
そこには幸せそうに日向さんに寄り添うアイツ。いや、違う。アレ、松山だ。松山とアイツを見間違えるなんて、末期症状だ。どれだけアイツを求めてんだよ、俺。
「よお」
俺に気付いた松山が声を掛けた。俺は焦る気持ちを抑えて、いつもの俺を装う。
「反町、見なかったか?」
「見てねえけど」
刹那、談話室から大声が聞こえた。何事?と三人で顔を見合わせ、声の方へ向かう。
「セックスなんて、裸でヤるもんでしょーがッッ!」
そこでは、新田がとんでもないことを叫んでいた。
「んな話を大声ですんなよっ」
耳まで朱に染めた松山が、談話室に飛び込んだ。それに続くように日向さんと俺も中に入る。
何人かがそこで討論を繰り広げていた。新田の台詞を察すると、あの手の話だろう。その中に、アイツがいた。興味なさそうな表情で、話に耳を傾けていた。
「俺の言い分、おかしくないっスよねっ!」
新田は松山を見た途端、同意を求めるように縋り付いた。
「何の話してんだよ…」
呆れたように日向さんが誰ともなく問うた。
「服着たまま、セックスするのっておかしいッスよねっ!」
まあ、一般的にはおかしいかもしれない。俺は、最近脱がないことが普通になってるが…。
「俺は服着たままってのは好きじゃねーな」
何で、あんたがノるんだ…。
新田がほら、やっぱ、おかしいじゃん、と勝ち誇った顔をした。その様子に井沢がだからと反論しだす。
俺はそんなことはどうでもよかった。アイツが何を語るのかが気になった。
「…俺、いつも服着たままだよ」
アイツはやけにハッキリとした口調で話し出した。
「だって俺、愛あるセックスなんてしたことないもん」
……今、なんて言った?
「だから脱ぐ必要ないの」
そうか、だから脱がないのか…。
奈落の底に叩き落された気分だ。
アイツは俺との行為に愛がないと思ってる。だから脱がない。ということは、俺達の行為は所詮、やっつけ仕事だと思ってるわけだ。欲を吐き出すためだけの行為だと。
俺はそんな風に思ったことなどこれっぽちもなかった。直接口に出したことはないが、同じように想ってる。そんな風に思っていた。
だが、アイツは違う。
俺達の間に愛がないと、信じている。
何故、脱がないの?と俺はこの至極当たり前な疑問を奴にぶつけられた事がない。聞かれたことはないから、俺はいつも着たままだった。アイツが嫌だと言うなら、いつでも脱いだのに。
アイツはいつもそうだ。
何も求めてこない。
服を脱ぐことも。
愛を囁くことも。
俺を求めることも。
それなのにアイツは身体を開くんだ。
何も言わずに、そう、人形のように。
なあ、反町。
俺はお前にとって何なんだ?
恋人か?
それとも…。
「反町って意外に爛れた恋愛してんだな」
哀れむような日向さんの呟きに、アイツは笑った。
愛あるセックスなんてしたことない。
それは反町の答えなんだろうか。