だからその手を離して

 反町と寝た。
 酔った勢い。そんなの言い訳にもならない。
 俺はちょっとやそっとの酒量じゃ酔わないし、例え酔ったからといって記憶がぶっ飛ぶなんてことは無いからだ。
 それでも酔ったせいにしたかった。俺のことを何とも思ってない、ましてや恋人なんて呼ぶ事も出来ない想い人の事を一瞬でも忘れたかったから。
 自分の行動が打算的すぎてイヤになる。結局俺は自分が楽になりたいからといって、反町を利用したんだ。
 それなのに。
 反町の腕の中は暖かくて、反町のキスは優しくて、耳元で囁く言葉は俺が望んでも得られなかったものばかりで。
 勘違いしそうになる。俺は愛されてるんだって。
 でもそれは夢。一晩で淡く消えゆく、けれども俺の中に確かに残る儚い夢。
 ふっと視線を移せば隣りで幼い寝顔を晒す反町。その寝顔をずっと見ていたいと思う。これは俺の我儘。俺は本来、コイツの隣に居るべき人間ではないし、何よりこれ以上俺に付き合わせてもいけない。
 ありがとな…。
 薄く開かれた唇に自分のものを重ね、ゆっくりと暖かい腕から身体を引き抜く。
 その時、不意に眠りの中にいるはずの反町の腕が伸びてきて、俺は再び腕の中に閉じ込められてしまった。
「…いつから起きてた」
「ん〜、キスしてくれるちょっと前から」
 反町が耳元でくすくすと笑う。甘く眠り漂う声で。
 ダメだ。離して。これ以上。これ以上、この腕の中にいたら…。
「ねえ、井沢」
「…何だよ」
「アイツなんかやめて、俺にしたら?」
 一瞬、何を言っているのか解らなかった。腕の中で身体を反転させると穏やかな笑顔とかち合う。
「ね?」
 それは本心か?
 いつもと変わらぬ笑みからは何も読み取れない。からかっているのか、…あの人と同じように身体だけの関係を望んでいるのか。
「俺ならお買い得だよ〜、寂しい思いはさせないし〜、浮気しないし〜。…それに」
 反町の言葉が一旦途切れ、纏う雰囲気が変わる。
「アイツの事を忘れるまで、傍に居てやる」
 ダメだ、優しくしないで。そんな事言ったら…その手を取りたくなってしまう。
「待っててあげる。だからね、俺にしなよ」
 涙が溢れる。そんな言葉を貰う資格など俺には在りもしないのに。
 俺だって、本当は愛されたい。ただひたすら待ってるだけなんてイヤだった。振り向きもしない相手を。でもそれは自分で選んだんだ。あの人に振り向いて欲しくて、愛されたくて、供物のように自分の身体を差し出して。それが叶わないからといって、手を差し延べてくれる反町に甘えて縋るなど…間違ってる。
 でも、でも。
 反町の言葉が余りにも真っ直ぐだから。反町の眼が余りにも嘘がないから。
 簡単に俺の心を捕え、射抜いてしまった。
 正直、あの人の事を何時になったら忘れられるのかわからない。それでも。今は一人でいる事に耐えられないから。
「…傍に……居て」
 俺は包み込む暖かい腕を離せなかった。自分を愛してくれる、抱き締めてくれる幸せを手放す事なんて出来るはずも無く。
 目の前の胸に顔を埋めると、思い切り泣いた。


 さよなら、まだ大好きだけど。
 もう一人はイヤなんだ。


「早くさ、俺の事、好きになってね」
 反町の言葉に俺は泣きながら、けれども力強く何度も何度も頷いた。
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