キスなんて


「待ちやがれ!」
 猛虎が追いかける。
「やだよーん」
 何故か楽しそうに荒鷲が逃げる。
 また始まったキス攻防戦。


 三杉は悩んでいた。原因は猛獣コンビ。殴り合いをするよりかなりマシなのだが、こうも合宿所内をどたばたと走り回られてもハタ迷惑なのだ。いー加減に止めてもらわないと頭を抱える中、ふらっと談話室に入ると東邦のバカップル……優雅にティータイム中だった。
「日向さんも懲りないな」
「松山もさっさとキスさせて上げたらいいのに」
 ねーっと微笑み合い傍観中。
 日向を止める気、全く無しっ!な二人。流石に三杉もキレそうになった。
「君たちっ!ぼーっと見てるんならあの二人を止めたまえっ!」
「「え〜、ヤダ」」
「……練習、倍にするよ?」
「「……止めます」」
 鬼コーチ三杉に敵うはずもなく渋々従う。
「でもさぁ三杉、止めても無駄だとおもうんだけど」
 のんびりとした口調で反町が意見する。
「どうしてだい?」
「あのヒトの目的はキスすることだからな。松山さえ大人しくキスしてやったら止まると思うんだが」
 若島津が答える。
「松山が日向さんを煽っちゃってるしねぇ」
「そうそう、さっさとくっつけばいいのにな」
 ……このバカップルはっ!
「そんなに止めるのが嫌なのかい?」
 いつの間にか黒いオーラを背負った三杉にバカップルはふるふると首を左右に振る。
「みっ、三杉っ、落ち着いてっ、紅茶淹れるからっ、ねっ、ねっ」
 反町がカタカタと震えながら紅茶を淹れる。
「ああ、すまないね」
 う〜ん、美味しいと三杉が反町を褒めたので若島津は胸をなで下ろす。と、その時渦中の人である松山が息を切らして談話室に入ってきた。
「松山、日向は?」
「撒いてきた。おいっ、若島津に反町っ!日向、しつけえっ!どーにかしてくれっ!」
 東邦コンビを見つけるなり、八つ当たりする始末。
「松山が『捕まえたらキスしてやる』って言ったからじゃん」
 反町がさらりとかわすと、
「君が言ったのなら責任持たないとね」
 三杉が追い討ちをかけ、
「自業自得だな」
 若島津がとどめを刺す。
「ぅ……」
 松山は既に泣きそうである。
「まっ、松山っ、泣かないでっ、三杉と若島津がどーにかしてくれるからっ」
 こうしてしゃーなしに作戦会議が開かれることになった。


 三人寄れば文殊の知恵。
 先人はそう言ったのだが、いい知恵など浮かばない。早くしないと日向はここに来てしまうだろう。
「やっぱり、松山がキスすればいいんじゃないのか」
「俺の唇はそんなに安くはないぞ」
 若島津の提案を松山はあっさり却下する。
「キスなんてあいさつじゃん」
 反町がしれっと言うと若島津が絶句した。
「あっ、あいさつって。頬じゃないぞ?。口にだぞ?」
 松山が口を挟む。
「だから?」
 えっ、何か変なの?と言わんばかりに首を傾げる反町に三杉が確認する。
「君たち、毎朝みんなの前でキスしてるけど付き合ってるんだよね?」
「えっ、違うよ。えっちしてないし」
 お前の(君の)基準、そこ!?
 若島津は既に石化している。そんな若島津はさておき。
「早くしないと日向が来ちまうっ」
「ん〜、仕方ないね。松山、服脱いで」
「囮かい?」
「少しなら時間稼ぎになるし。その間に何かいい案、考えといて」
 反町はそう言うと服を脱ぎ出す。松山も渋々脱ぐ。ちなみにここは談話室。公衆の面前である。


「これなら、すぐにはバレないでしょ」
 元々瓜二つと言われることが多い二人。ずーっと松山に逃げられて頭に血が昇っている日向ならまさか反町と松山が入れ替わってるとは気付かない……かもしれない。
 反町がどこからか手に入れたはちまきを取り出す。
「あっ、お前それっ!どっからっ!」
「説明は後っ!」
 反町がはちまきをしようとしたその時。
「み〜つ〜け〜た〜」
 ぜーぜーと息を切らした日向が入ってきた。
 ……ヤバいっ!
 松山が逃げる体勢に入る。
「てめえっ、逃がさねえからなっ」
 日向ははしっと反町の腕を取る。
 えっ、気付いてねぇ!?
 日向が反町の頬を両手で挟む。
「ちょっ、ちょっと待っ…」
 反町が手を振り払おうとする。
「問答無用っ!」
 ぶちゅ―――――――っ!!
 はらりと反町の手からはちまきが落ちる。
 目の前で繰り広げられる熱烈なキスシーン。皆、一様に呆気に取られる。何度も言うがここは談話室。公衆の面前である。
 どんどんキスは激しさを増す。反町は押し遣るどころかうっとりと瞳を閉じ、腕を首に絡ませキスに応えている。ゆっくりと唇が離れると松山の服を着た反町を抱き締め、何やら耳元で愛を囁いている。
 もちろんあの二人が黙っているはずがない。
「「てめえっっ!!」」
「反町に手を出すんじゃねえっ!!」
「俺と反町を間違うんじゃねえっっ!!」
 日向の腿裏にサッカー選手(片や空手三段)の渾身の蹴りが炸裂する。
「っぐっっ!!」
 この時、談話室にいた全ての人間が思った。
『日向の選手生命は終わった』と。
 だが日向はうたれ強かった。毎日の松山との喧嘩の賜物である。
「てめえらっ、何しやがるっ!」
「日向っ、腕の中の人物をよく見て」
 三杉が指を指す。
「松山だろっ」
「じゃあ、これは?」
 反町の服をきた松山を指で指す。
「そりま……、あれっ?」
 日向が忙しなく交互に見やる。
「松山ぁ!?えっ、じゃあ、これは……」
 三杉がエンジェルスマイルを見せる。
「反町だよ」
 三杉が反町を助けだすと日向が恐る恐る振り返る。
 そこには。
 鬼神と化した若島津健と怒りに震える松山光。最早誰も止められない。
「「ぶっ殺すっっ!」」
 日向の断末魔が談話室に響いた。


「反町、大丈夫かい?」
 反町は未だにうっとりとしたままで。
「三杉、どーしよ。その気になってきちゃった。日向さん、若島津よりキス、上手いんだもん」
「……」
 この一言で若島津がまた石化した。
「日向あっ!一生てめえにはキスさせねえからなっ!」
「まっ、松山!待ってくれっ、謝るからっ!」
「うるせえっっ!!」
 どすどすと怒気を含んだ足音を立て、出て行こうとする松山に日向が慌てて追いかける。


 ……もう嫌だ。このバカップル達……。
 三杉の苦労は暫く続きそうである。
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