何気ない日常

 ピンポンとインターホンの音がした。
 俺はその音に起き上がり、誰だ、と玄関を見据えた、がこんな時間に来るのなんてたかが知れてる。
「…寝てたのか」
「いや別に。横になってただけ」
 玄関を開けるなり、かけられた台詞に適当に答えると、隣をぽんぽんと叩きながらソファに座りなおした。
 日向はどっかりとソファを軋ませて座ると、小さなため息を吐いた。
 俺がお茶を出してやると、ふう、と息を吐き出しながら、奴はさんきゅ、と言った。
「どうだった?たんじょーびパーティ」
「ん?…ああ、まぁそれなりだ」
 一瞬口篭った奴の表情は少し歪んでいて、反町にでも弄られまくったのだろうと勝手に結論付ける。
 …というより、いい顔をしないということは、つまりそういう事なのだろう。
「何か、食べるか?」
「いや、いい。…嫌というほど食ってきたからな」
 そういった日向の顔は嫌なことを思い出しているのか、難しい顔になる。
 眉間に皺が寄ってるよ、自分の誕生日なのに大変なこったな、コイツも。
「なあ」
「ん?」
「プレゼントは?」
 そう言いながら、日向は期待してるような眼差しを投げかけてくる。
 コイツ、まさかそのために来たんじゃねーだろうな…。
「…何にも用意してない」
「マジかよ…」
 あーあ、がっくりと項垂れやがった…。んなもん、俺が用意してるわけねーじゃんか。
 でかい図体を丸めて、無言の抗議をする日向に内心で呟いた。

 深夜というにはまだ早い時間帯。
 つけっぱなしだったテレビからは、その日の出来事を伝える畏まったアナウンサーの声が淡々と流れていて。
 ちらっと視線を向けると拗ねてると思った日向はそれを試合でも見せないようなあほ面を晒して見てる…と言うか眺めてる。
 なんちゅー顔してんだ、とつっこみ入れたくなるような寛いだ顔。
 初めて見た時は衝撃だった。合宿では勿論、外では絶対見せない表情。俺の前でそういう表情をするということはそれだけ俺に気を許してる証拠なのだろう、と思う。それにしても…寛ぎすぎだろう、お前。ココ、俺んちだぞ?でも何気ない日常の中で、時折見せるこの表情が好きだったりもする。ここは寛げる場所なのだ、といわれてる気がするから。
「…なぁ」
「あん?」
「…何見てんだ」
「いやあ、好きだなあと思って」
「ぶっ」
 きっぱりと言い切ったのが不味かったのか、日向はお茶を盛大に噴き出した。噴き出した拍子に気管にでも入ったのか、げほごほと咳をし始める。
「大丈夫か?」
「げほっ…てめーが変なこと、いうからだろがッ」
 仕方が無いから背中を擦ってやる。結構苦しそうだ。それでも涙目になりながら見返してくる目の前の男が、なんとも可愛いと思う。
 …何かちょっと、きゅんときちゃったかも。
「…つか、やけに素直だな」
「今日ぐらいはな」
「…あほか」
 咳が止まった日向は呆れ顔でそう呟いた。あほかと言われてもそう思ってしまったのだから仕方が無い。
「…それがプレゼントだと言うなよ」
「やっぱ、だめか」
「あったり前だ」
 しかめっ面で呟く日向に俺は小さく笑った。
「プレゼントは俺、ぐらいのリップサービスはねーのか」
「じゃあ、プレゼントは俺」
 あっさりとノってやると、驚いたような顔を向ける。俺はマジで別にそれでもいいんだけど?
「…何か気持ち悪い」
 日向はしかめっ面のまま、そう呟く。…気持ち悪いはねーだろう。気持ち悪いは。せっかくノってやったのによ。
「はぁー…」
「なんだよ」
「いや、お前こそなんだよ」
 溜め息を吐いた俺を抱き寄せたかと思うと、いきなり首筋に舌を這わせてくる。間髪入れずに頭を引き離し、ヘッドバッドをお見舞いしてやった。すると、日向はあからさま不満そうに眉を顰める。
「てめッ、何すんだよッ」
「気持ち悪いって言ったのてめーだろーが」
「プレゼントは俺って言ったの松山だろーが」
「ちょっ待、ひゅうっ…」
 突然口付けられて、すかさず舌を入れられる。こうなってしまえば、もう俺に抵抗のできる余裕はなくなる。そのまま、流れに身を任せるだけ。
「んん…ふ」
「お前もやる気満々じゃねーか」
「…うっせぇばか」
 俺の顎に伝った唾液を拭い去る日向は、ペロリと自分の唇を舐める。あーあ、この目が物語ってる、俺、完全に喰われるな。
 どさりとソファに倒れこみ、器用にも俺の身体のいたるところにキスを落としながら服を脱がしていく。俺はぼんやりと天井を見上げながら、深く溜息を吐いた。
「なに溜息ついてやがる」
「明日は足腰立たねぇだろうなと思って」
「おう」
「頷いてんじゃねーよ、バカ」
 べしっと頭を叩いてみる。いてっと声を上げるものの、行為をやめるつもりはないらしい。それどころか俺に口づけるコイツは何だか嬉しそうだ。
 …でもまぁ、プレゼントは俺でいいだろ、と思ったのは真実だし。それに寛いだ表情を見ていて、何だか幸せな気持ちになったのも事実だ。
 今日ぐらいは諦めてノってやるか、と思った。

 それは間違いだったと思うのは、案の定、立てなくなった次の日の朝。
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