ビターな恋より甘い恋の方が美味しいよ?

 部活中に喧嘩するのだけはやめてくれ、ってキャプテンが最初に言ったのは何時だっけ?
 確か松山が編入してきてすぐだった記憶が・・・。
 その2人は、練習そっちのけで喧嘩の真っ最中。最初は面白がって見てたけど、毎日続けば見飽きちゃうよね、普通。
 部活が終わっても、2人はまだ言い合いしてるし。もー。迷惑なんですけどー。
 ・・・そういえば、俺と健ちゃんって喧嘩したことないなー、とふと思った。
 健ちゃんってあんまり怒らないんだよね。俺は・・・怒る時もあるけど、本気で怒ったことってないなー。
「反町〜!!」
 お、松山。やっと終わったのか・・・。
「どしたん?」
 日向さんから離れて(と言うか逃げ出してきたように見えたけど)俺に抱き付いた松山は、目尻に涙を溜めていた。
「また何か変なこと言われたんでしょ?」
「/////」
「あ、図星?」
「だって!・・・う〜・・・///」
「はいはい。いいから、離れてくれる?」
「へ?」
「日向さんの視線が痛いし〜」
「あ・・・ごめん」
 うんうん。日向さんの前でもこれくらい素直だったらいいのになー。
「反町・・・と、松山」
「健ちゃんvキャプテンのお小言はどうだった?」
「・・・はー・・・」
「その様子じゃ、かなりきつかった、とか?」
「当人に言えばいいのに、怖くて言えないってさ」
「わー・・・」
 その当人である松山は、俺と健ちゃんの腕をしっかりと捕まえて日向さんの方を睨んで威嚇してるし〜。
「あのな、松山」
「・・・何?」
 健ちゃんの前では結構大人しいんだよね、松山って。腕に縋り付きながら、恐る恐る視線をこっちに向けてるのが可愛いんだよな、これが。
「今日の原因は?」
「・・・パスミス、しただろ・・・って」
「え?それだけ?」
 思わず声にしちゃった。健ちゃんが少ーしきつい視線で俺を見つめてるのが分かる。
「それはおまえの所為だろって言ったら・・・俺がおまえにナニをしたんだ?って言われて・・・///」
 なるほどー。そういう喧嘩だった訳ね。
 健ちゃんも、日向さんのお惚気話に付き合ったりしてるから、口が開いたままになってる。
「・・・あのさ。松山」
 うわ。健ちゃん・・・もしかして怒ってる??
「前から言おうと思ってたんだが」
「な、何?」
「おまえ、本当に日向さんのこと好きなのか?」
「・・・え?」
「喧嘩するほど仲がいいって言葉もあるけど・・・毎日だぞ?いい加減、喧嘩とか殴り合いとかやめて欲しいんだけどな」
「・・・ごめん」
「別に怒ってない。何が不満なんだ?俺にはさっぱり分からん」
 そう言って肩を竦める健ちゃんに、松山はこれでもか!と大きく見開いた黒目がちの瞳をぱちぱちしながら向けていた。
「あのさ・・・2人って喧嘩したことないのか?」
「「ない」」
 お、ハモっちゃったv健ちゃんの方を見ると、口元が少し緩んでる。
「マジで!?」
「松山と日向さんが喧嘩し過ぎなの!一緒にしないでよねー」
「ある意味、特殊な関係な気もするけどな」
「・・・もしかして、俺苛められてない??」
 口を尖らせて不満そうな顔をする松山の頭をなでなでしてる健ちゃんは、凄く優しい顔をしてるんだよね。
 俺も健ちゃんも松山が大好きだしvvv
 焼餅とか焼くんじゃないのか?ってみんな思ってるでしょ?そんなのある訳ないじゃん。
「でも、意見の不一致、とかあるんじゃねえの?」
「うーん・・・」
 考え込む健ちゃんは、とってもカッコイイ。まるで某探偵みたいに、顎に手を添えて一点を見つめるんだよ〜v
「別にないよな?」
「え?あ、うん」
「ないの?それって凄くない?」
「俺と健ちゃんって、似てるんだよね。考え方が」
「だろうな」
「へ〜・・・」
 だから喧嘩はしないんだよね。そりゃ、少しは考えが違ってってこともあるけど、松山と日向さんみたいに言い合いしたりとかもないし。
「理想の恋人、って感じ?vvv」
 そう言うと、松山は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「どうしたのさー?」
「・・・いいなあ、って思った自分が・・・情けないー!」
「仕方ないだろ。そういう相手を好きになったんだから」
「若島津!自分に関係ないみたいに言うなよ!」
「いや。実際、関係ないし」
「ひでー!」
 膨れている松山の頬を1回突っついて、健ちゃんは小さく笑った。
 関係なくはないんだけどさ〜。仲間として見たら放っておけないけど、カップルとして見たら放っておいた方がいいっていう・・・そういう意見も一致してるからね。
「本当、おまえ達って・・・羨ましいけどムカつくー!」
 何時もいちゃいちゃしやがって!という松山に。
「俺達から見たら、いちゃいちゃしてるのはそっちだと思うぞ」
 健ちゃんの追い討ち。そうなんだよね。喧嘩するほど仲が良いって言う言葉、そっくりそのままだもん。
「いちゃいちゃなんてしてねーって」
「そうかなー?喧嘩しててもそう見えちゃうんだけど??」
「そ、それは!そう見えてるだけで、いちゃいちゃなんてしてないんだってば!」
 必死に何かを訴えている松山があまりにも可愛くて。
 健ちゃんの方を見ると、同じことを考えているようだったからお互いに腕を伸ばしてぎゅーっと松山を抱き締めてあげた。
「ぎゃ!」
「うわ、ひどーい」
「反町。あんまり締めるなよ」
「それはこっちの台詞〜」
「く、くるしい・・・っ///」
 ギブギブ、と苦しそうな声で訴える松山の体を離してあげて。
 今度は健ちゃんにぎゅーっと抱き付いた。松山より背が高くって、サッカーと空手で鍛え上げられた逞しいこの体は・・・俺だけのものだもんv
「・・・やっぱ、いちゃいちゃしてんじゃねーか」
「んふふーv」
「羨ましいと思うなら、日向さんにやってみるんだな」
 健ちゃんが俺の頭をなでなでしてくれる。うーん、幸せ♪
「ンなこと出来るかっ!」
「恥ずかしがっちゃって〜。本当はこうしたいんでしょ〜?」
「したくない!」
「あ、日向さん」
 何時の間にこっちに来たのさ。気配消すなんてひどいよねー。
「・・・おまえらなー・・・」
「はい?」
「公共の場所でいちゃつくな!」
「うわー。自分が松山にやってもらえないからって、そんなこと言う〜?」
「な、違っ!」
 顔真っ赤にしてあたふたしてる日向さんって、滅多に見れないからこういう時凄く楽しいと思うのは俺だけじゃないんだよね。
 抱き締めあったままの健ちゃんの顔を覗き込むようにすると、ほら。やっぱり口元に笑みを浮かべてる。
「とにかくっ。離れろ!」
「愛し合う二人を無理矢理離すのは駄目〜」
「そうそう」
「あのなー!」
「・・・日向」
「あ!?」
 黙って俺たちのやり取りを見ていた松山が急に真剣な顔で日向さんを呼ぶから、ちょっと驚いた。
 松山ってさー・・・気持ちの切り替えが早いから、俺たちに感化されてくれたらって思ってたけど・・・。
「俺・・・」
「な、何だ!?」
 そんなに構えなくてもいいのになー。ちょっと腰が引けてる猛虎って・・・。イメージ崩れ落ちちゃいますよ?
「やっぱ、俺・・・嫌いだー!!」
「ぎゃー!!」
 両腕を広げて日向さんに抱き付いた松山は、ぎゅーーーーっ!!!!っと日向さんを羽交い絞めにしたように見えた。
 普通の高校生より強い腕力(体力測定で確認済み)の松山に力を込めて抱き締められたら・・・そりゃノックアウトするよね。
 しかも、警戒しながらも意外に無防備だったし・・・。
「う、うう・・・まつやま、てめえ!!」
 よっぽど痛かったのか、涙目で腕を離した松山を睨み付けてる。松山は・・・真っ赤な顔して。
「嫌いだ!おまえなんか!」
「なんかって何だ!」
「ああああ!!もう!!大っ嫌いだ!!」
 そう言って、ドスドスと音を立てて大股で去ってしまった。おーい松山。日向さんをここに置いて行かないで欲しいんだけどー。
「・・・まったく」
 ふう、と溜め息を吐いた健ちゃんは俺から離れて。
「あんた達は・・・何時までそういう関係なんでしょうね」
 って、うわー。日向さんにそういうこと面と向かって言えるのって健ちゃんくらいだよねー。
 ・・・そこが好きなんだけどv
「おまえら・・・俺と松山で遊ぶな!」
「遊んでませんよ。からかってるだけ」
「同じだろ!」
 そう言うと、よろよろしながらも松山が去っていった方向へ律儀に向かう日向さんの背中に「変なことしないで下さいねー」と叫ぶと睨まれちゃったけど。
「反町」
「なあに?」
「俺たちみたいになるのって・・・何年後だと思う?」
「無理無理。あの二人は絶対無理」
「やっぱりそう思うか?」
 くすくす笑って俺の頬に唇を押し付けてくる健ちゃんは、この上なく上機嫌だ。
「おじいちゃんになったって、絶対無理に1000円」
「何だよ。それじゃ賭けにならない」
「でしょ?」
 笑顔で健ちゃんの唇に一つキスをして。
 ぎゅっと抱き付くと抱き締め返してくれるのが嬉しい。


 俺と健ちゃんってさ、磁石なの。
 松山と日向さんみたいに反発し合う極同士じゃなくて、何時も引っ付き合ってる極同士。
 喧嘩しながらもラブラブな二人も羨ましいと思うけど・・・俺と健ちゃんはそういうの趣味じゃないし。
 だから、今のままで・・・いいんだ。
 だってさ。
 ビターな恋より、甘い方が絶対美味しいに決まってるじゃん?
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