甘いワナ

side-k
 合宿やら試合やらで会う度に近くなっていった距離。
 近寄っては意地悪されて、離れてはまた自分からすり寄って。
 同室になってから。
 瞬く間にアイツの瞳の底に突き落とされた。



 部屋に戻るとアイツは気持ちよさそうに寝ていた。普段とは違う幼い寝顔に俺の中の何かが突き上げてくる。
 起きぬように馬乗りになり、手を頭上で押さえつけるとソイツはゆるゆると瞳を開けた。
「…何してんだよ」
「何してんだろうねえ」
 訝しげに聞く井沢を俺は出来るだけ冷静を装う。だって、わかんない。自分がどうしたいのか。
 ただ、こんな状況で妙に落ち着いてるコイツが気に喰わない。
「なんかさ、井沢見てるとイライラするんだよね」
 イライラすると言っておきながら、俺は手をスルッと井沢の服の中に滑り込ませた。
「……言ってる事とやってる事が矛盾してるけど」
 戸惑ったような台詞に俺から小さな笑みが洩れた。
 俺が一番戸惑ってる。
 触れたい。何でそう思うようになったんだろう?井沢の肌の感触を確かめるように掌を滑らせる。
「…意外と触り心地がいい」
「バカか」
「ちゃんと筋肉ついてるし」
「何回もみてるだろ」
 確かに何回も見てきた。着替えの時とか、風呂とか。イヤでも視界に入ってた。でも何時しか見てるだけじゃ物足りなくて。
「ん、でも触るの初めて」
 触れたい。感じたい。意思を持って、井沢の肌を楽しむ。
「お前…コレ強姦だぞ」
「いや、和姦でしょ」
 上擦った声に笑みを浮かべる。
「だって逃げないもん」と、あっけらかんと言う俺に、「逃げる必要あんのか?」と、井沢は挑発的な笑みを零す。
 そうだよ。井沢は逃げたりしない。
 罠を仕掛けたの、そっちだもん。

 井沢の気持ちなんて気付いてた。
 同室になった途端、アイツは甘い罠を仕掛けてきた。
 からかうフリをして、さり気なく触れてきて。真面目な顔して、励ましの言葉を掛けてきて。挫けた背中を慰めるように、抱きしめてきて。罠だと知りながら、井沢の巧みな罠に迷い込んだ。
 いつの間にか、アイツの鎖が心地よくなっていた。
 俺は甘い罠の虜になっていたんだ。
 まさか押し倒すことになるとは思わなかったけど、別に俺のモンになってくれるならなんだっていい。

 かつてない程の緊張。初体験の時でもあんまり緊張したことないのに。それなのに、井沢ときたら余裕の態度で。
「何かさあ」
 ふっと手を止め、顔を覗き込む。ちょっぴり頬が紅潮してる。よかった。感じてない訳じゃないんだ。
 でも。
「慣れてるね」
 経験豊富?と茶化しながら恐る恐る聞いてみた。経験豊富でも不思議じゃない。だってメチャクチャモテるもん。
「お前ほどじゃない」
 嘲るような冷たい台詞。女の子なら何人も喰っちゃったけど、コレでも男とは初めてなんだけどなあ。
「ホントに喰っちゃうよ?」
 最後の確認。ホントにいいの?
「好きにしろ」
 冷たく切り捨てるような声に、「やっぱやーめた」と、俺は上から退いた。
 俺を堕としたクセに、何でそんなに冷たいの?それとも、ただの暇つぶしだった?
「……井沢がわかんない」
 ヤバイ、泣きそう。俺の事、好きだと思ってたのに。
「何考えてんのか……わかんない」
 井沢が訳がわからないといった表情で俺を見つめる。
「……俺のこと……好きじゃないの?」
 だから罠を仕掛けたんじゃないの?
「…俺は……井沢のこと…」
 言い終わる前に視界が回転した。背中に鈍い痛みが走る。
「なッ、何ッ!?」
 俺を見下ろす冷たい目に。押し倒されたことに気付いた。
「……誘ったのお前じゃん」
 冷たい瞳をしながら、井沢は極上の笑みを浮かべる。
「二度と言わねえからよく聞けよ」
 ふっと真剣な眼差しに変わる。
「お前の傍にいたいと思ったことは無い」
 何で?じゃあ何で罠に嵌めたの?あんまりな台詞に視界が滲む。
「……でもお前を傍に置いておきたいと思ってる」
 何?ソレ?
「何…その俺様的な発言」
 素直じゃない告白に呆れながらも笑みが零れる。
「仕方ないなあ」
 井沢の首に腕を絡ませる。余裕なフリして。
「傍にいてあげるよ」
 ありったけの愛してるを込めて微笑む。
 そして、愛してるの意が込められた唇を受け止めた。

 甘い罠に嵌ってしまった俺。
 でも、どうでもいい。
 俺に本気だと言って?
 洗いざらい白状し合おう。
 ね?
 大好きだよ。

side-m
 合宿やら試合やらで会う度に深まっていく疑惑。
 寄って来たかと思えば手のひらを返したように離れていく変なヤツ。
 出会って数年。
 友達のような、ライバルのような中途半端な関係。
 ソレを壊したいと思うようになったのは何時からだろう。



 不意に重みを感じて瞳を抉じ開けると、そこにはいつもと違い無表情なアイツが俺を見ていた。
「…何してんだよ」
「何してんだろうねえ」
 ヒトに馬乗りになって押さえ付けてるクセに、その割りには間延びした暢気な声。だがその双眸はやけに冷たい。 
「なんかさ、井沢見てるとイライラするんだよね」
 俺を冷たい瞳で見下ろしたまま小さく呟く。何だよ、ソレ。新たな嫌がらせのつもりか?
 イライラすると言っておきながら、反町の手はスルッと俺の服の中に忍び込んできた。
「……言ってる事とやってる事が矛盾してるけど」
 軽く睨み付けるとくすりと笑う。マジで読めねえ…何考えてんだか。
 反町の手が無遠慮に、そしてどこか躊躇いがちに俺の肌を滑っていく。
「…意外と触り心地がいい」
「バカか」
「ちゃんと筋肉ついてるし」
「何回も見てるだろ」
 着替えやら、風呂やらで。イヤでも視界に入ってたはずだ。
「ん、でも触るの初めて」
 躊躇いがちな動きが急に淫靡な動きに変わった。 
「お前…コレ強姦だぞ」
「いや、和姦でしょ」
 思わず上擦った俺の声に反町は瞳を眇め、微笑む。
「だって逃げないもん」と素っ気無く言う反町に、「逃げる必要あんのか?」と、挑発的な言葉を返す。
 逃げようと思えばいつでも逃げれる。押さえ付けてる腕にはあまり力が篭ってないし。
 逃げないのは嫌じゃないからだ。だって、俺が望んだんだから。

 気が付けば身動き出来なくなるほど好きだった。
 幼い笑顔に、惑わされて、足元を掬われそうに流されて、囚われていた。
 同室になったのはチャンスだと思った。
 気付かれぬように小さな罠を掛けた。
 いつものスタンスを崩さぬように。
 俺に堕ちるように。
 からかうフリをして、さり気なく触れ。真面目な顔して、励ましの言葉を掛け。挫けた背中を慰めるように、抱きしめて。
 少しづつ少しづつ、俺を侵食させた。
 まさか押し倒されるとは思わなかったけど、別に俺のモンになるならどうだっていい。

 かつてない緊張。
 初めての時でも、緊張しなかったのに。必死に余裕を装う。
「何かさあ」
 手の動きを止め、ふっと俺の顔を覗き込む。
「慣れてるね」
 経験豊富?と茶化したように軽口を叩く。
「お前ほどじゃない」
 経験豊富なのはお前だろう?より取り見取りなクセして。女に不自由したことないクセして。
「ホントに喰っちゃうよ?」
 喰っていいよ。早くしろよ。いちいち確認すんなよ。
「好きにしろ」
 半ば呆れたように返してやると、「やっぱやーめた」と、俺の上から退く。
 何だよソレ。堕ちたんじゃなかったのか?
 それとも、ただの悪戯?
「……井沢がわかんない」
 反町は顔を背け、泣くようなか細い声で囁く。
「何考えてんのか…わかんない」
 ……俺はお前のほうが謎だけど。
「……俺のこと……好きじゃないの?俺は……井沢のこと……」
 震える声に考えるよりも先に身体が動いた。
「なッ、何ッ!?」
 突然、視界が反転したことに反町は瞳を見開き、戦慄く。
「……誘ったのお前じゃん」
 ビクッと震える反町に最大限の笑みを向ける。
「二度と言わねえからよく聞けよ」
 ゆっくり息を吸い、吐き出す。
「お前の傍にいたいと思ったことは無い」
 反町の顔が泣きそうに歪む。
「……でも」
 震えそうになる声に気合を入れて。
「お前を傍に置いておきたいと思ってる」
 一気に吐き出した。
「何、その俺様的な発言」
 呆れたような言葉をしながらにっこりと笑う。
「仕方ないなあ」
 俺の首に腕を絡ませる。余裕な笑みを浮かべて。
「傍にいてあげるよ」
 そう微笑む反町に、ありったけの愛してるを込めて。
 唇を落とした。

 罠を仕掛けたつもりが俺のほうが罠に嵌ったのかもしれない。
 でも、どうでもいい。
 お前が本気と言ってくれたら。
 俺も本気だと答えてやろう。
 大好きだよって。
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