人はそれを愛と呼ぶ03

 やっつけ仕事。
 とってもベストな言葉を森崎から貰った俺の心は少し軽くなってた。
 だって、俺は間に合わせ。
 ぴったしな名前。
 この行為は愛なわけがないと、改めて思えたからだ。


 不意に自室に入ろうとした俺の腕を誰かが掴んだ。見なくても分かる。人形に戻る時が来ただけだ。奴は俺の顔を見る事なく、自分の部屋へと俺を引き摺っていく。そんなことをしなくても、俺は逃げないのに。奴の部屋に乱暴に放り込まれる。扉が閉まると、ガチャッと施錠する音がやけに耳についた。
 刹那、背中に奴の体温を感じた。感じなれた、ちょっと久しぶりな体温。長い腕で俺を引き寄せて、俺達の間の隙間すらなくすようにキツく抱き締める。それが何だか息苦しい。
「…ヤりたいの?」
 そのまま身を任せていればいいのに、俺は色気のない言葉を口にした。奴は答える事なく、俺の肩に頭を乗せる。
「俺達って何?」
 はあ?何言ってんだ、コイツ。
 何で今更、そんなことを聞くんだ?
「どーでもいいじゃん、そんなこと。ヤるならさっさとヤろ」
 笑いを含みながら返す俺の台詞に、奴が俺の肩越しで息を呑んだのが分かった。それを合図に振り向くと、やけに真摯な瞳があった。
「…何でお前は俺に抱かれる?」
 そんな質問に、思いっきり俺の表情は歪んだ。奴は探るように俺の顔を覗き込む。
 無駄だよ。俺の瞳を覗き込めば、俺の考えが読めると思ってんの?そんなの永遠にこないよ。お前には分からないよ。
 奴特有の冷えた瞳に映る俺が酷くバカみたいに思った。なんか正直、このやり取りが、急にイヤになってきた。
「何でだと思う?」
 俺の質問に、この男は答えなかった。ただ真意を探るように俺を見つめ返すだけ。
 言葉にせず、見つめ返す行為に一体何の意味がある?そんなものは無意味なんだ。
 俺の中に、お前の答えはないんだよ。答えは既にお前の中に用意されているんだろう?

 お前は欲を吐き出す為に、たまたま俺を選んだ。それがお前の中に用意された答えだろう?
 でもね、俺はお前にそんな風に触れられたかった訳じゃないんだよ。

「好きだから」
 今なお、見つめる事によって、真意を探り続ける男に、俺は究極の答えを捧げた。
 その答えに奴は有り得ないぐらいに表情を崩した。言葉を無くし、唖然と立ち尽くすその姿は憐れを通り越して、滑稽にすら見える。あんな扱いを受けてた俺がそうだと思わなかったのか、それとも……。どちらにせよ、俺の答えは奴の予想外の答えだったんだろう。
 絡み付いたままの腕を振りほどくと、ベッドに腰掛けた。奴の体温も冷えた視線も、もう何もかも煩しい。
「訳わかんねえ…」
 いつの間にか俺の隣を陣取った奴は見た事ない難しい顔して、呻くように呟いた。
「じゃあ何で、あんな台詞になるんだよ」
「あんな?」
「愛あるセックスしたことないって。脱ぐ必要ないって」
 ああ、それか。だって、そうだろう?そんな感情、お前は持ち合わせちゃいないだろう?
 なんて無意味な質問だろう。
 戸惑いを含んだ視線を投げ掛ける奴に、俺は小さく笑った。

 やっつけ仕事。
 これに己を晒け出すなんてバカげてる。気持ちのない相手に自分の気持ちを晒して何になる?
 そんなの虚しいだけ。
 だから、俺は衣服を纏う。鎧のように。
 自分の気持ちが溢れ出さないように。
 何も求めず、人形を装う事で俺は俺を覆い隠していた。
 そうしてないと、耐えられない。
 乱暴に扱われる事も、冷たい視線を受け止める事も。愛して欲しいって叫びたくなる。
 そんなの、お前が困るだけだろう?そんなの、お前は求めてないだろう?

 そうっと奴の頬に手を添えた。冷えた瞳同様の冷えた肌。
「脱ぐ必要ないでしょ?」
 俺は眉に皺を寄せるこの男に精一杯の笑みを向けた。
「お前は俺の体温を感じる必要はないんだよ」
「……なんでだ」
 心底分からないという表情を浮かべる奴に、俺は呆れたように笑った。何でお前は俺ばっかに理由を求めるの?
「気持ちのない、愛のないセックスに…やっつけ仕事のセックスに体温は必要?いらないよね、そんなの」
 意味のない、価値のない行為だから。
「だから俺は脱がないの」
 お前の冷えた瞳がすべてを物語ってる。お前の冷えた肌に俺の熱い肌を重ねたって、無意味だ。
 俺の体温が、気持ちが、お前に移ることなんてないんだから。
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