不機嫌な背中・2
バタンと乱暴に扉を閉める音。そしてばたばたと、騒がしく廊下を走る喧噪に、島野は浅い眠りの淵から引きずり出された。
不明瞭な視界と眠気の纏った思考のまま何が起こっているのかを確認しようと身を起こした島野は、そこでまだベッドに入ってからそれ程時間が経っていないことに気付いた。
人が寝入ったところに何だよ、と。
不機嫌丸出しで廊下に顔を突き出して左右を見渡したところで、島野は廊下の壁に凭れて俯いて立ちつくす友人の背中を見つけた。
「……反町?」
普段の彼からは俄かに想像できないほど、その背中は寂しそうで意気消沈していた。だから声をかける方も、本当に彼が自分の良く知る反町なのかと思わず疑ってしまう。
島野の声に過剰なまでに肩を震わせた少年は、酷く不自然な仕草でゆっくりと振り向いた。が、島野はそこでさらに驚いてしまった。
「反町!お前、どうしたんだ!なんで泣いてんだよ!」
「う、うるさい」
「いいから、ほら、こい!」
島野は強引に反町のもとへ駆け寄ると、その腕を掴むや自室に引き込んだ。
項垂れたまま逆らわない少年の、その普段ならあり得ないほどのしおらしさに島野は言葉を詰まらせる。
こんなに落ち込むほどの何があったっていうんだ。
寝入りばなを起こされて不機嫌だったはずだが、そんなことはもはや関係なかった。
だって、反町が泣いてるから。
自分が寝ていたベッドに少年を座らせた島野は、自らもその隣に腰かけると声を潜ませた。
「何があった?」
「……何でも、ない」
ずずっと、鼻を啜りながら反町は止まらない涙を拭う。
「何でもないじゃねえだろ」
そう強い口調で問い質してみたが、反町は力無く項垂れ、首を横に振るだけで。
どうしたもんかと、島野は困ったように息を吐いた。
いつも、笑っているような奴なのだ。どんなことがあっても笑顔を見せて、逆に自分が辛くても、回りを和ませる事を優先させるような奴なのだ。
その彼が。
人目憚らず、泣くなんて。
何があったんだと、島野は思いを張り巡らせる。そして一人の友人に行き着いた。
奴しか考えられない。
「……若島津と何かあった?」
出来るだけの優しい声で、静かに、穏やかに、島野は問うた。素直ではないこの少年が素直に認めるとは思えなかったが、聞かずにはいられなかった。
そんな彼の問いに反町は肩を小さく震わせた。そしてやはり違うと言わんばかりに首を振る。
ああ、やっぱりと。
それだけの仕草で、島野は確信を得たような気がした。
理由は分からないが『何か』が彼らの間にあったのは間違いない、と。
チラリと隣りを見遣れば、決壊したダムか何かのように止まらない涙に戸惑いながらも、反町が嗚咽だけは漏らすまいと唇を噛み締めていた。
声を出せば幾らか楽になれるのに、不器用な泣き方をする友人に、島野は吐息を洩らした。彼の肩を引き寄せると、あやすように小さく震える背中を撫でた。
「何があったか知らねえけど、泣きたきゃ泣け。泣きやむまでこうしてやっから」
その代わり泣きやんで落ち着いたら、ちゃんと話せよ、と告げて、島野はその背中を撫でる。反町は返事をする代わりに、島野のパジャマ代わりのスウェットを握り締めると、押し殺した嗚咽を少しづつ漏らしながら泣き続けた。
こうして少しくらいは楽になれたらいいと、心の中で呟きながら、島野は優しく背中を撫でる。
それは反町が泣き疲れて寝てしまうまで続いた。